世界の空の色と

世界のどこかを旅しています

2日目のインジュ③

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4日目のインジュ

バンコク最後の夜

連日の寝不足と慣れない環境での仕事により、体がガチガチに固まっていた。
そろそろタイマッサージを受けたいと思っていた矢先、スマホの通知が鳴った。
 
「なぜタイにいるのに私に会いに来ないの?」
 
以前通っていたマッサージ店の女性から怒りのLINEだった。そういえば、彼女とはインスタを交換していた。
おそらく、そこで僕がタイにいることを知ったのだろう。
 
ちょうど良いタイミングだ。彼女の機嫌を取りつつ、マッサージを受けるために仕事帰りに店に向かうことにした。
 
その日の夕方、インジュからもメッセージが届いた。
 
「何時に来れそう?」
 
「たぶん11時くらいになるよ。」
 
「わかった。私もその時間に出勤するね。」
 
インジュはこの仕事を始めて4日目にして、すでに辞めたいと思っていると昨日話していた。
彼女にとっては、この仕事には困難が多いようだ。


3番目のボーイフレンド

 
仕事を終えた午後8時、マッサージ店へと向かった。彼女は笑顔で迎えてくれたが、すぐに嫌味を言い始めた。
 

 
「あなたはいつも私が言わないと会いに来ない。私のことが嫌いなの?」
 
「あなたのガールフレンドはバンコクに何人いるのかしらね?」
 
笑ってごまかしながら、逆に聞き返した。
 
「君のボーイフレンドは何人いるの?」
 
「3人よ。あなたが3番目。」
 
2年前に出会った頃は確か26歳と言っていたが、今日改めて年齢を聞くと33歳と言っていた。来年には35歳になっているのかもしれない。
 
彼女のルーツはパキスタンにあるらしく、通常のタイマッサージとは異なる独特のリラックス効果があった。話しながらのマッサージで、眠る暇もない。それでも、彼女の話は面白く、タイ人の英語よりも聞き取りやすかった。
 
施術が終わると、彼女にお土産を渡した。
 
「また必ず来てね、3人目のボーイフレンド。」
 
笑顔で送り出され、店を出たのは午後10時だった。
 
その足で、バーに向かう。途中でチータラを買い、ママさんに渡す準備をする。
 
 

3日目のバーにて

 
バーに着いたのは11時前だったが、インジュはまだ来ていなかった。ママさんにチータラを渡し、
しばらく魅惑的なダンスを踊る女性たちを眺めていた。
 
ここに来るといつも現実感が無く、不思議な気分になる。
やましい思いもないわけでは無いけれど、アートを見る気分にもなるし、自分には無いものを見せつけられることでの劣等感も感じる。余計なことを感じずに楽しめばそれが一番いいのだけれど、これが性分だから仕方ない。
 
しばらくすると、ママさんがインジュを僕のところに連れてきてくれた。
 
彼女は今日はいつものドレスではなくて白を基調としたドレスを着ており、とてもよく似合っていた。
 
今日も彼女とは色々話したが、明日からパタヤに移動することがメインの話題だ。
 
「あなたはパタヤに行って何するの?」
 
「タイガーに触るんだよ。」
 
「タイガー?本当は私以外のタイガールに触るんじゃないの?」
 
彼女は冗談めかして笑った。
 
「もう僕には君がいるから十分だよ。」
 
そう答えると、彼女は睨んできた。どうやら信じていないらしい。
 
午前1時までバーで飲み、ホテルへ戻ろうとするとお会計を済まして店の入口に向かおうとするとインジュが付いてきた。
 
「今日も一緒に来てくれるの?」
 
「うん。」
 



 

ホテルの部屋にて

 

僕たちはホテルの部屋に戻ると、自然とソファに並んで座った。インジュはバッグから何かを取り出し、僕に手渡した。

「これタイのお菓子。日本のじゃないけど、美味しいよ。」

「へぇ、いいの?ありがとう!」

「友達がくれたの。」

「じゃあ、一緒に食べようか。」

袋を開けると、ほんのり甘い香りがした。ひと口食べると、サクッとした食感のあとに優しい甘さが広がる。

「お、これ美味しいね。なんて名前?」

「…名前忘れた。」インジュは笑いながら肩をすくめる。

「適当だなぁ。」

「いいでしょ?味が大事。」

そう言って、彼女はスマホを取り出し、動画サイトを開くと、日本のアニメを検索し始めた。

「何か観るの?」

「一緒にアニメを見ようよ。」

「OK!」

彼女が選んだのは、日本のアニメだった。小さな画面には異世界の風景が映し出され、登場人物たちは日本語を話すが、字幕でタイ語が付いている。

タイ語字幕があると、なんか新鮮だな。」

「ふふ、日本語も少し分かるけど、字幕あった方が楽だから。」

僕たちはしばらくアニメに見入っていた。彼女は時折笑ったり、驚いたりしながら、まるで子供のように純粋に楽しんでいる。

気づけば時間は午前2時半を回っていた。

「そろそろお店に戻らないと…ママに怒られちゃう。」

インジュはそう言いながら、少し寂しそうな顔をした。

「もうそんな時間か…。」

僕が言うと、彼女はスマホを閉じて立ち上がった。そして、玄関へ向かう前に、ふいに僕の前に立ち止まる。

「今日も楽しかったよ。」

「僕も。」

彼女は少し迷ったような仕草をした後、軽く僕の頬にキスをして、微笑んだ。

「おやすみ、また会いに来てね。」

そう言って、彼女は扉の向こうへと消えていった。

静かになった部屋に残された僕は、さっきまでの彼女のぬくもりを思い出しながら、

 

インジュともしばらくお別れだ。